祭り、と聞いてワクワクする、と言うのは多分日本人の多くの人が感じるものだと思います。
では、なぜ、祭りが日本の生活に浸透してきたのでしょうか。
これは、日本の自然とともに、人と人の繋がりが生み出した部分も大きいと思います。
この記事では、杭全神社の夏祭りの情報を紹介しています。
大阪市内で見られるだんじり祭りとしては最大のものを是非見に行ってください。
杭全神社の夏祭りとは
祭り全体の概要
大阪市平野区の杭全神社の夏祭りにはだんじりがあります。
これは、大阪でも屈指の規模で、祭りの期間中には、だんじりが9台も曳かれます。
そして、毎年30万人以上の人出がある大阪屈指の規模のだんじり祭りとして、大変な賑わいを見せるようになりました。
杭全神社の歴史
夏祭りの由来
杭全神社が創建されたのは、平安の初期だといわれています。
征夷大将軍坂上田村麿の子広野麿が杭全荘を荘園としてもらって、平野に住んだのです。
そして広野麿の子である当直は862年に、祇園社を創建しました。
これが杭全神社のはじまりなんですね。
夏祭りの由来
疫病や地震、台風といった天災はつねに人々を苦しめてきました。
そこで、それを鎮めるために、平安時代の初期に始まった祇園会が由来だと言われています。
夏祭りの最古の記録は、1705年だと言われています。その後、だんだんと祭りの形を整えていって、複雑なものになっていったようです。
江戸時代には神輿や太鼓台、だんじりといった出し物を取り入れた現在の形が出来上がったと言われて、当初、平野郷の各地域の数で7基だったのが、町が分かれて、9基になったということです。
神社の祭りの側面
特徴としては、神様を神輿に乗せるおもてなしです。
町衆の祭りの側面
賑やかなだんじりを動かして、神様の恵みを授かろうとするのです。
杭全神社の夏祭りの開催時期
祭りの日程
杭全神社の夏祭りの開催日は、毎年7月11日から14日となっていて、スケジュールは次のようになっています。
11日 神輿足洗いや太鼓代足洗い、12日 地車町内曳航や九町合同曳航(南港通り)、13日 地車平野郷内や町内曳航、だんじり宮入、14日 太鼓台巡行や神輿お渡り渡御
この期間中に九台のだんじりが曳行されるので、だんじり祭りとしては、大阪でも屈指の規模を誇るものになっているそうです。
毎年30万人もの人がこれを見に訪れます。
主な行事
九町合同曳行
12日の午後9時45分から始まります。見られる場所は南港通あたりです。
この時、九台が競演し、全てを同時に見物できるのはこのときだけです。
宮入について
宮入が始まるのは13日で時間は午後7:00となっています。宮前交差点から杭全神社大門前です。
一番町からスタートし、約30分間隔で進みます。これが夏祭の中で最も盛り上がる場面です。
御旅所祭について
14日の午後3時から始まります。場所は赤留比賣命神社と杭全神社となっています。
祭りの見どころ
クライマックスがすごい
夏祭の開始時期は毎年、11日から14日までの4日間で、期間中には九台のだんじりの曳行があって壮観です。
この行事は大阪でも最大規模のだんじり祭りだと言われていて、毎年30万人を超える大勢の人が見物に訪れます。
11日と14日は神輿や太鼓台が抗全神社を出発して、町内を回り、12日、13日にはだんじりの曳行が行われ、最後に九台のだんじりが宮入します。
見どころ
12日の午後9時45分ごろに南港通で行われる九町合同曳行があり、九台すべてのだんじりが同時に動く様子と多くの観衆の熱気がすごいです。
13日午後7時に宮前交差点から抗全神社大門前行われるだんじり宮入も、素晴らしいです。す。
神輿について
kれは、神様の乗り物のことをいい、ふだんの時は第一本殿というところにお祀りされているそうです。
目的としては、疫病除けを祈り、氏子の健康と地域の安全を祈願することだといわれています。
太鼓台について
一般に布団太鼓とも呼ばれます。神輿の先導を果たし、道中の露払いします。
このふとん太鼓に乗るのは、たたきこ(敲児)といい、その年の宮入一番町から、3~12歳くらいの男児を選び、赤い投げ頭巾をかぶって、化粧をします。
だんじりについて
神社に宮入する数は、九町それぞれ1台で、合計九台です。
1845年に作られた市町のものが、現存するだんじりとしては最も古いと言われ、最も古いものは、馬場町が作った初代だんじりですが、1745年と言われています。